2010年5月30日日曜日

Linuxとの出会い

Linuxに出会ったのは1992年頃ではなかっただろうか。JEもまだ無く、日経MIXかNiftyServeでKtermやCanna、WnnをCD-ROMに焼いて配布するということをやっていたと思う。記憶が定かではないが。アメリカからIBM互換機を輸入し、このマシンにLinuxをインストールし、本当に何日もかけて日本語環境を何とか構築した。

正しく手探りで、makeなんて分からない、tarの解凍方法も分からない状態だった。情報源は書籍とパソコン通信。ログを読みながら調べて、試しながら知識を得たと思う。

じゃ何故、Unix系OSにここまで拘ったのか。パソコン上で動くシミュレーションソフトを書いていたけど、OSが今一つ不安定(実はプログラムのバグが原因でもあったけど)だったので、安定したOSで書きたかったから。MacOS+MPW+Fortranという環境だったのでしばしばMacの画面に爆弾マークが。

Linuxの日本語環境は非常にお粗末(現在と考えると雲泥の差)ではあったけど、f2cとfort77スクリプトでプログラムをコンパイルできる。エディタはNemacsを使ってプログラム作成環境は快適だった。演算速度は遅かったけど、安定したコンパイル環境の構築は楽だった。結果はGnuPlotで表示させた。X-windowが無くても大丈夫だったような。

20年前にこんな環境を構築できたのだから飛びつかないのは?じゃない。約20年もLinuxと付き合っているけどスキルは向上しないけどね。

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